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コラム湯舟敏郎

41球の呪縛

げんをかついでいた事としては(マウンドに上がるときは)
ラインを越える足を決めていましたねぇ。負けたら逆にしてみたり、
右足で越えたときに勝ったら次もとか、点を取られたら左に変えたりしてましたね。
ブルペンでもゲン担ぎがあって、ある時期を境に41球を投げるようにしてましたね。
普段は20何球程度だったんですけど、調子が悪いときに、
肩の温まりが悪いというか、
気持ちの踏ん切りがつかないみたいなしっくりしない状態の時があって、
「もうちょっと投げたほうがいいよ」という話になって
「数を投げてからいこう」ということになったんです。
それで、一応そのときは倍の40球で終わろうと思ってたんですけど、
最後の1球が決まらなくて
「もう1球お願いします」と最後に1球投げて、結局41球で終わったんですよ。
実はそのときがノーヒットノーランを達成した試合だったんですよ。
それからは引退するまでずっとブルペンで41球投げてましたね。
変に縛られちゃった感じかもしれませんね。

湯舟敏郎氏が試合前のブルペンで最初に41球を投げたのは、
何を達成した試合の前?

  • ノーヒットノーラン
  • プロ入り初勝利
  • 初の無四球完封
  • 優勝のかかった一戦

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正解:1. ノーヒットノーラン

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日めくりタイガース

3月31日(1948)
古沢憲司 元選手生まれる
愛媛県出身。1964年タイガースに入団。2年目の65年6月30日、甲子園の大洋戦で、17歳にしてプロ初先発初勝利。大器が花開いたのは8年目の1971年。12勝をマークして、翌年の開幕投手に抜擢されたが、結局は二軍生活が長くなり、ウエスタン・リーグの最優秀防御率のタイトルを獲得した。

阪神タイガース検定事務局

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