第4話
阪神入団から5年間は虎風荘(選手寮)に入ってたんですけど、門限チェックの時には居たためしがなかったですね。夜抜け出して飲みに行ったりもしょっちゅうで、よく正座させられましたよ。(笑)
朝も弱くて寮長によく怒鳴られてましたよ。そのことでマスコミに騒がれたりしたんで、あの時は盛り上がると思って大げさに「目覚まし10個ぐらいつけてるんですけど・・・」って言ってましたけど、ほんとはそんなことないですよ。多くても3個くらいですよ。
あと、僕は太りやすい体質でシーズン中とシーズンオフは服のサイズが違ってて、全く違う人の服みたいでしたね(笑)
シーズン中はずっと75キロくらいなんだけど、シーズンが終わって冬に入ると太りだして、2〜3ヶ月の間で85キロ近くまでいって、それで、また自主トレから痩せていって、シーズン入る頃には75キロくらいに戻ってるって感じを繰り返してました。
現役のときは特に体を絞ったりということをしなくても練習やってれば勝手に痩せてたんですけど、今はもう練習しないんで現状維持を心がけてますよ(笑)
引退した後、最高135キロまで行った時期もあるんです。それに比べたら最近は痩せた方ですよ(苦笑)
まぁ、太った原因には、運動不足だけじゃなくて飲む量が現役時代よりも確実に増えたってものありますね。現役時代はなんぼ遊んでも、3連戦になるとやっぱ毎日ってわけにはいかないですよねぇ。1日遊んだら次の日はもうおとなしくしてましたよ。そうしないと野球できませんからね(笑)
- 【コラム検定】
亀山つとむ氏は現役時代、マスコミに対して目覚まし時計を何個つけていると言ったか?
- 5
- 10
- 15
- 20
-
第4話
元々僕は牽制が下手なんですよ。
神宮球場でランナーがセカンドにおってキャッチャーが木戸さんで、『牽制球をセカンドに投げろ』ってサインが出たんです。で、振り向きざまに牽制球を投げたらボールがバックスクリーンに入ったんですよノーバウンドで(笑)。まあ、ランナーは1ベース進塁で、その回は0点に抑えましたけどね。
これは恥ずかしいからあまり問題にしたくないな(笑)。
だからファーストに投げるのも苦手でしたね。甲子園って昔は金網じゃなかったんですよ。今は金網になってますけど昔はネットみたいなもんで、金網やったら跳ね返るからいいんですけど、暴投するとボールが死んでしまうからトントントンって転がってしまう。
当時ライトが亀山だったんですが、あいつには迷惑かけました。要するにファーストに投げたらカバーに行かないかんからね。
東京ドームでは、クロマティがファーストランナーで一塁に牽制球を投げてこれが暴投になって1点取られたこともありました。
- 【コラム検定】
マイク仲田氏がセカンド牽制球をバックスクリーンに投げ込んだ球場は?
- 甲子園球場
- 広島市民球場
- 後楽園球場
- 神宮球場
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第3話
げんをかついでいた事としては(マウンドに上がるときは)ラインを越える足を決めていましたねぇ。負けたら逆にしてみたり、右足で越えたときに勝ったら次もとか、点を取られたら左に変えたりしてましたね。
ブルペンでもゲン担ぎがあって、ある時期を境に41球を投げるようにしてましたね。普段は20何球程度だったんですけど、調子が悪いときに、肩の温まりが悪いというか、気持ちの踏ん切りがつかないみたいなしっくりしない状態の時があって、「もうちょっと投げたほうがいいよ」という話になっって「数を投げてからいこう」ということになったんです。
それで、一応そのときは倍の40球で終わろうと思ってたんですけど、最後の1球が決まらなくて「もう1球お願いします」と最後に1球投げて、結局41球で終わったんですよ。
実はそのときがノーヒットノーランを達成した試合だったんですよ。
それからは引退するまでずっとブルペンで41球投げてましたね。変に縛られちゃった感じかもしれませんね。
- 【コラム検定】
湯舟敏郎氏が試合前のブルペンで最初に41球を投げたのは、何を達成した試合の前?
- ノーヒットノーラン
- プロ入り初勝利
- 初の無四球完封
- 優勝のかかった一戦
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